前に進むようにできている
カウンセラーとして活動されている男性のセッション。
身体症状に表れるほどの苦しさを訴えて来られました。
このような場合、セッションではまず身体症状を発生させている大元の想いを観ていくことが多いですが(事前にメッセージでやり取りした時点ではそこを扱うつもりでしたが)、実際にお話を伺っていく中で「この方に関してはもっと優先することがある」と感じたため、そちらに着目してセッションを進めていきました。
心理系のことを学んできた人たちの中には『過去を全部スッキリさせないと次に進めない』という思い込みに縛られて、歩みを止めたまま原因追及をし続けている人たちが結構いらっしゃいます。
もともとは悩みを解決するためにココロのことを学びに来たのかもしれません。解決のための方法を知り、それを適用することで人生の捉え方がラクになったのなら、それは喜ばしいことです。わたしも、今の心理技術を学び、実践し、さまざまな可能を達成し変化を遂げてきた体験がたくさんあるので、よくわかります。
しかし、自分探しがほんとうにやりたいことで、そこに人生の全てをかける!という方ならともかく、ほんとうにやりたいことを進めずに自分探しにどハマりし続けるのは、どうなんでしょう。人生のほとんどの時間を自分探しに使ったあとで「結局自分の使命がわからなかった」なんてことになる可能性だってないとは言い切れません。
もやもやしたままでも、やりたいことをやってもいい。
苦しみを味わっている時でも、やりたいことをやってもいい。
自分の使命がわからなくても、やりたいことをやってもいい。
歩きながらアイスを食べてもいいし、寝ながらアイスを食べてもいい。笑
そもそも人のカラダって前進しやすいようにできていますよね。
足先は前に向いているし、腿や膝も前方向に上がるし、目も鼻も口も前についています。
後ろ向きに歩き続けるとか、後ろを振り向き続けるとかって、よほどの目的を持った人でなければ、やり続けませんよね。
男性は、実現したい未来のために、歩みを進める方に光を当て始めました。
前に進む方がよっぽどラクだった、ということを実感する日も近いでしょうね(というか、もうすでに感じているみたいです)。
「be」も「do」も、バランスよく。
意識の調整を仕事にしているわたしですが、望む状態を創り上げていくことと、自分で自分のことをどう思っているかということは、関係ないよねって思ったりもする今日この頃です(今読んでいる本で、新しい気づきを得ているところですが、後日紹介しますね)。